2011/06/04

“Fleurs”

花を放つ あなたの喉の底で
燐の粒子のなか、見開かれた眼
 それは集散した澪、または錯綜
群島を渡る蝶の翅、それは紫苑の花弁を縫い付けて、
あなたの石膏の皮膚を開始する
 燐膚のなかの冥府、そのひとつの眼
それは薔薇だったのだね。紅の、
破水に増幅された千代の花々
 すなわち、あなたの語られぬ夜の、臨界
黒鉛で描かれた竜胆が、その層を照らす
 あなたは、けして皮膚の軌道を横切ることはない
その、溶ける沈丁花、不実、の細い灯り、
 裸足のまま横たわる 冷たい息の上を
吐き出されてゆく牡丹、ひとつの同系色
 それが、言葉だったのかもしれないわ
百合の輪形、失われた顔の、花の輪郭
翅のゆれる感触と、罌粟の細胞群
 それ自体で記憶となった、ひとつの冥府
それが、あなただったのね
 動かない夜の、分散する水流
花糸から溶け出したイマージュ
 かつて皮膚であったものの、残骸
粒子の傍に横たわっていた、夏至の弧-線
 あれは、あなたのものではなかったはずだった
 躑躅の糸の裂ける、子音
あなたの裸子のままの夜、複眼の視線
 水冠に共鳴する、吐息の夜の連奏
あなたの逃れ去っていた一人称
それは、あなたに起きたことだった
 胚珠に流されていたのは、あの島々の灰
軌道を遮ることのない、無垢の同系色
向日葵という名の器官はあった?
 ただ翅のゆれる感触、罌粟の記憶の形象
あなたの傍らに横たわっていたのは、繭の、器官?
薔薇の子宮の、ほどけてゆくイマージュ
 蝶の皮膚の腐蝕 不実、の
あなたの、結ばれないこと
 花々の無限のうちに、朽ち果てること
組み重ねられた太陽に灼かれるそのうちに、住まうこと
 無垢の、薔薇の粒子の氾濫、皮膚に落ちるその音差
 ただ、あなたの子供たちだけが……
それ自体で記憶となった、眠らない器官
写真を撮ったね。向日葵の咲いたこの庭で
 かつて出会ったのは、その言葉
胚珠なき水、骨なき葉脈、それは、
 誰が、語っていたのかしら?
夏の大気のなかで、あなたの子宮のままの視線
蓮華の花を摘む鼓動、まるで呼吸をするように、
 連綿と秩序づけられた、その雨声
触角に触れて、あなたはイマージュを写真に撮った
 あなたは、愛することはない
茜、茴香、銭葵 花々と、数々の糸を伴って
 皮膚の地下層へ溶け出してゆく一群の蝶の群れ
逃れ去っていた心音の、空間 一群の夜
 あなたの裸子のままのイマージュ、鏡に満たされた複眼
 かつて無垢であった花々の、灼かれた灰
なにも起こらなかったことそのものの、体系
未だに開始されたことのないもの
 あなたが、愛することはない
それはかつて太陽であったものの、残骸
 そもそも、光などなかったのだね
水のものとなった重力の、蓄光
でも、誰が語ることができるのかしら?
 百合の輪形、失われたあの顔の、花の輪郭
破水に収められていたのは、ひとつの蕾
絶え間なく花を放つ その身体の無限のうちに
 またひとつひとつ花を摘んでゆく
それは集散した眼、または燐光
 あなたの翅の感触に、かつてあったこと
子供たちから溶け出したイマージュ
 なぜ、愛し方がわからないのですか?
花冠の重なり合う細胞群、縫いつけられた吐息の繭のなかで
 錯綜する 鏡のなかの半身と、複眼の花の記憶
すでに受肉した蕾、それは折り重ねられた永遠の
 かつて、出会ったのは、その花
教えてください なぜ、あなたの愛し方がわからないのですか?
躑躅から増殖する夜の空間を抜けて、延ばされてゆく
 それは千代の群島、あるいは、陽光の義眼
胚珠なき花の形、骨なき器官の運動性
 あなたが、そのイマージュを、写真に、撮った
 それは、言葉だったのかもしれないね
この視線から続く、水平線の空間
夏至の、海のなかで燃える小さな、木漏れ火
 無限の花々のうちに、朽ち果てることのないこと
爪先の奥から雨の落ちる声を聴くこと
けして裸足のまま、あるいは糸を伴うことなく
 それが、あなたの、結ばれないこと
言葉の綴りのない、稲穂の焔 夜に咲く形態
夕顔の蕾む、そのうちに、またひとつの澪
 花々の群像 その廻る黄道の遅れ
誰が、写真を撮ることのできたのだろうね?
 蝶の翅の感触に、かつてあった、光のなかの夜
無垢の、氾濫する繭となったイマージュ
 誰が、あなたを愛することのできたのかしらね?
重力に見放された花冠の、廻っていくこと
 語られぬ夜の、臨界を越えて、花の咲くこと
それは連綿と秩序づけられた皮膚の再開
石化する言葉のなか、見開かれた盲目の花
 花を放つことなく記憶となった、ひとつの冥府
 燐光の、永遠を失いつつ、逃れてゆくこと
横たわるあなたを、再び迎え入れること

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