2011/06/04

(僕はいかなる眼差しの練習をするのでもない……)

 君の発する内部の熱よりも高い恒久の温度を帯びて流れる硝子によって僕は窒息
しようとしている。その透度の何処かに口づけされ固まることのできない僕自身を
告げる色の灰。喘ぎ、吹き込まれた息の数差は複眼となって砂に写される君の選ん
だ場所を残酷に暴き出す。

 不在の過去を冠するイマージュだけが「純粋」の内に身を殉することになるだろ
うと僕は感じている。それは食べられる僕の骨髄を埋め尽くす君との対話によって
、あるいは―――「どこか別の場所で話を続けていてほしい。」―――「砂岸
の要求に体温を奪われながら、その微かな息によって硝子が溶け出している。」
                                ―――「君
が破壊した距離の奥底で横たわるだけの果実。」―――「ふれて咲く、
みのりの......」―――

 まどろみに引きずられて独立した僕の象りに口をはさむ権利はない。そこに連ね
る君の呼吸となった感情に別の名前を与えようとしている詩行は存在してなどいな
い。


 切りつめた君の髪に留め置かれていた蓮花をいつの間にか僕は排してしまった。
「並木。」―――と言って連立する君を加速させて、夕立の激しさのうちに霞めて
しまいたかった。―――「たとえば、湖水に次々と開かぬ種子を投下させ
ていくことの愛。」―――「
                            。」―――「     
          。」―――

 追憶に先立つための夏の朝さえも、おそらくは君の見えることのない視像のパラ
レルな無起源の形式でしかない。だけど僕は君の眼の縁取りを思索する最中にあっ
てさえ、二重化された言葉―――「ここに、ない...」
                      ―――に、触れてしまわぬように
して別の名を重ねようとしている。
  ―――「支柱の裂け果てた亡墟となってしまった僕の手に触れている文体。」

     ―――「描かれるだけのために繰り出される湖岸の風景。」―――「乾
かぬうちの鮮血は歴史を通り過ぎることをしない。」―――
     「僕のインクの滲みをペンの先で取り繕うだけの叙述はいらない。」
―――こうして食いちぎられ果てられた詩行は、
   君の華奢な曲線の打ち捨てられた形式を獲得する。

 流し込まれる血晶によって編纂される君のイマージュだけが、夕立を背景に広げ
られる惨劇にとっていっそう好ましいと僕は感じている。「純粋」の存在形である
湖水よりも早く砂の奥底へと染み込んでゆく(流木に付随する)小枝のパロール。

 けれども、いかなる犠牲をとっても「純粋」はその胚種を僕の記憶にまで沈める
ことはしないだろう。

 
 君の身体に潜む周縁のそこに、僕は僕自身の残る熱温を押し止どめておきたかっ
た。詩の地政学に最も適合する『白布の覆いをかけられた湖面』という隠喩。不揮
発性の群生を背負う、夏落ちた雨に舞い込むような君に覆われた樹皮。

     ―――「君の脅かされた言葉の放つ温度。」―――「外れた調子でどれ
かを語ろうとしているの。」―――「たしかに君は僕の重力を万有していた。」
―――「             。」―――「
   。」―――「
                            。」―――

 蓮花の内部から送り出されていた白亜の等級。つまりはここに生殖を交わすこと
のない発音。あらゆる隠喩に犯された肺のなかでさえ反復する君の視線の繁殖を食
い止めようとして、僕は僕自身の息を殺そうとしている。


 僕はいかなる眼差しの練習をするのでもない。ただ君の皮膚を纏うことを紙面に
浸み込ませるのでもない。夏の叙述に穿たれた花々を僕がおそらく見つめていたこ
とはない。それはむしろ僕の鮮血をもって完結されるべき否定形の風景。

  ―――「君にちぎり/とられること。」―――「許されうるだけのあらゆる回
想を僕の心臓に接木すること。」
             ―――「振動として流れる白い灰を君の珪砂と
して選びとること。」―――「                  

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